第2オペ室
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おやすみ あの頃 あの場所 あの歌 07
あのタクシーでの出来事を、鴻鳥も忘れたであろう頃。
目が覚めた四宮は、だるい身体を引きずりながらフェロモン測定器に息を吹き込んだ。検出されたオメガフェロモンは昨日よりも強くなっている。おそらく今日あたりがピークだろう。
昨日までは抑制剤を飲んでいたので、普段通りの生活を送れた。その抑制剤はいつもと同じ場所、取り出しやすい引き出しのなかにある。
一日一粒飲めば、オメガの身体に負担をかける事なく、オメガの発情をほぼ完璧に抑えられ、周囲を惑わすフェロモンを発する事もない。これまでずっと飲んできたので、その効果は四宮もよく知っている。
……それを、飲まなかったら?
自分がオメガであることを告げられたあの日。
オメガの身体への無知から、薬を使うまいとしたあの時。
身体の底から沸き上がるあの熱さ、その熱さと疼きのなか、本能がアルファの肌を求めた。
アルファなら誰でもよかった……たとえ相手が父親であっても。
人としての理性すらも奪い取るオメガの発情を、二度と味わいたくないと思った。そのために抑制剤は決して忘れることなく飲んできた。
でも、今日だけは。
病院には風邪で休むと連絡を入れてある。
これから自分に何が起ころうとも、それは自分で選んだ結果なのだと自分に言い聞かせた。
携帯が鳴る。怠く重い身体を動かして四宮は携帯の画面を確認する。鴻鳥からだった。
『四宮? 風邪って聞いたけど大丈夫か?』
電話越しに鴻鳥の声を聞くだけで、身体の奥底が熱くなる。こんなにもあからさまに反応する事に、理性では嫌悪感を持つ。
「…正直言って…ちょっとしんどい…何か食べる物を差し入れしてくれたらありがたい…」
鴻鳥も忙しい身だ。四宮の頼みを断っても不思議ではない。ここで鴻鳥に断られたら、いつものように抑制剤を飲んで、オメガとしてのこの欲望を二度と思い出さないから。
けれども続いたのは、残酷なまでに優しい鴻鳥の声。
『わかった。何か買って差し入れに行くから。すぐに行けると思う』
いつもと同じ四宮を気遣う鴻鳥の声。四宮が何を企んでいるのかも知らずに。
沸き上がったのは、待ち望んだアルファを手に入れられるオメガとしての歓喜か、それとも長年の友人を陥れる事への罪悪感か。
「…待って…いるから…」
……罠は、仕掛けられた。
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2018.8.1 UP。
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