第2オペ室
白石幸之助が書いた小説やイラストを置いてあります。コウノドリ・ブラックジャックなど。
ホーム > Text > コウノドリ > 嘘つきたちの物語
嘘つきたちの物語
つきあいが長いので、この男の表情はよく知っている…そう思っていた。
いつも穏やかに笑っているが、時折怖いくらいの真剣な表情になるのもすぐ近くで見てきた。
………その視線がいま、自分に向けられている。
「…いいか? 四宮?」
鴻鳥の手が、四宮の頬に手が添えられる。四宮は鴻鳥のその目から視線をそらせない。
求められている。四宮のすべてを。身体ごと。魂ごと。
友人だと思っていたのに…同性であるはずなのに。
「…サク…ラ…」
拒むのはたやすい。四宮の知る鴻鳥は、人の意志を無視して自分の意を通すような男ではない。
「…俺…は…」
四宮が言うべき言葉を言おうとした時…。
「四宮、起きたか?」
鴻鳥の声で四宮は目が覚めた。鴻鳥が部屋のカーテンを開ける。薄暗かった当直室が、差し込む日差しによって明るくなった。
「昨日は特に搬送もなかったようだな。家に帰ってゆっくり休めよ、四宮」
同僚を気遣ういつもの鴻鳥だ。夢の中の鴻鳥を思い出し、四宮は鴻鳥の顔をまともに見る事が出来ない。自分の夢であるが、なぜあんな夢を見たのだろう?
窓を開けて朝の空気を取り込む鴻鳥に、四宮は何気なさを装って聞いた。
「…サクラ。俺の事、どう思っている?」
「腕の良い産科医(ギネ)だと思っている」
即答だった。同僚であり優秀な産科医である鴻鳥に自分の腕が認められて嬉しいはずなのに、なんとなく気落ちするのは何故なのだろう。
………夢の中のサクラなら、四宮のこの質問になんと答えるだろうか?
我ながら愚問だと四宮は内心苦笑した。サクラがあんな夢のような事をするはずがない。見た夢を改めて思い出すと、恥ずかしさで四宮は俯いた。
「どうした、四宮? 具合でも悪いのか?」
心配する鴻鳥に何でもないと答え、四宮は部屋を後にした。
ナースセンターでピアノの曲が流れる。軽快な旋律はクラシックではなさそうだ。音楽に疎い四宮には、それくらいしかわからない。
「…喫茶店あたりで流れそうな音楽だな」
「…喫茶店て…四宮…」
鴻鳥が苦笑する。そういえば鴻鳥も趣味でピアノを弾いていたのを四宮は思い出した。
「ベイビーっていう人のピアノなんですよ、四宮先生」
近くにいた看護師が四宮に教えてくれた。
「ベイビー? 外国人か?」
「いえ、日本人ですけど、あんまりプロフィールを公表してくれないんですよねー。ファンとしては知りたいんですけど」
「…ふん…」
「興味あるか、四宮?」
珍しく四宮が興味を示したので、鴻鳥も気になったらしい。
「…興味というか…サクラもピアノを弾くよな、と思ってな」
「…ま、まあ、な」
プロと同列に扱われて照れくさいのか、鴻鳥は口ごもった。
「…この曲…ずっと前におまえが弾いてくれたピアノと、ちょっと似ているな」
互いの家を行き来していた頃に、鴻鳥が弾いてくれたピアノの曲。四宮には、その時の曲といま流れている曲の感じが似ているような気がする。もうずいぶんと鴻鳥のピアノを聞いていないので、はっきりとは覚えていないが。
「…四宮。ベイビーの曲が気になるなら、僕の家に来るか?」
互いの家を行き来していた頃のような、鴻鳥の気軽な誘い。
………あの事故以来、行き来は途絶えてしまったけれど。
「…そうだ…な…」
いつもなら一蹴する鴻鳥の提案を受け入れたのは、鴻鳥が弾いていたピアノに似ている曲を聞いたせいだろうか。
2015.8.6。
↓何か一言ありましたらどうぞ。
おしらせ
-
「おやすみ あの頃 あの場所 あの歌」をアップ。
-
「Blu-ray発売に寄せて」をアップ。
-
「桜の花の下で、君の名を呼べば」をアップ。
- 更新に関しては更新履歴参照。
ページの先頭へ戻る