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偽善者の呟き

 ---ねえケイコママ。オレは捨てられたの?
 ---……違うよ。あんたの母さんは死んじまったのさ。

 問題行動を起こした自分を、ケイコママは叱るでもなく手を繋いで一緒に歩いた。

 子供の頃、親代わりの保育士に手を引かれて歩いたのも、こんな夜ではなかっただろうか。

 四宮と二人、ひと気のない夜道を無言で歩いた。何を言い出せばいいのか、鴻鳥にはわからない。おそらく四宮も。
「…サクラ」
 つぶやくように、四宮が自分の名前を呼んだ。
「…俺は、患者を不幸にしただけなのか?」
「…違うよ、四宮。絶対に違う」
 どんな産科医が手術しても、結果は変わらないと鴻鳥は思う。
「…お前なら、そう言うと思った」
 …いままで見たことのない、四宮の顔。鴻鳥を嘲笑しようとしているのだろう。けれども今にも泣き出しそうな顔。
「…偽善者だよ、お前は」

 知っているよ、四宮。僕は善人にはなれない。
 苦しんでいるお前が目の前にいるのに、どんな言葉をかければいいのかすらもわからない。
 僕は、ケイコママのようにはなれない。

「…そうだな」
 四宮の言葉を、鴻鳥は静かに肯定した。…肯定するしか、なかったから。
「…俺…は…!」
 四宮が鴻鳥に掴みかかってきた。
「…俺が…弱かったから…あの時…タバコを…無理にでも…嫌われてでも…止めさせていたら…!」
 うつむく四宮の声に、いつしか嗚咽が混じる。

 ---……オレ、医者になる。でもピアニストにもなる。
 ---アハハ、そいつは大変だぁ。

 あの夜、自分の手を繋いでくれた、ケイコママの手の温かさ。

 鴻鳥は何も言わず、四宮の背中に手を回した。四宮は鴻鳥の腕を振り払うもでなく、鴻鳥の腕の中でただ泣いていた。
「…サクラ…お前…は…偽善者だよ…!」

 お前の言うとおりだよ、四宮。
 それでも信じさせて。
 あの夜のケイコママと同じように、自分は繋いだその手を決して離さずにいられるのだと信じさせて。
 どうか、信じさせて。



2015.4.24。

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