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おやすみ あの頃 あの場所 あの歌 02

 窓から差し込む夕暮れの光が、図書室内の書架の列を照らす。

 用事を済ませてくるから、と言って別れたミツルはまだ来そうにない。四宮は興味を引いた本を書架から取り出し、ページをめくってみた。
 誰かが近づく気配がする。視線を向けると、書架の向こうから少女が現れた。
 四宮と同じオメガの少女…佐々木つぼみ。
 言葉を交わした事はない。相手が何者かを知ってはいても、お互いあえて近づこうとはしなかった。
 佐々木にとっても四宮がいたのは予想外だったのだろう。驚いた顔をしたが、すぐに四宮から視線をそらすと、書架の本の列に向き合った。
「…四宮君ってさ…東京の医大に進学するんだ…?」
 視線は本の列に向けたまま、独り言のように佐々木は言った。
 仲は良くなくても、あくまでも進路決定を控えた同学年同士のやりとりのように。
「…父親が…医者だからな…」
「…そっか。四宮君、頭いいしね」
 佐々木は? とは聞き返せなかった。
 佐々木の進路は、もう決められている。学校を卒業した後、決められた相手の元へ行き、アルファを産むことを期待されている。
 佐々木が自分の進路について何を思うかは…それは聞けなかったし、四宮が聞くべきではないと思った。
 状況がほんのすこしでも違えば、四宮の進路も同じであったかもしれない。
 俺、もう行くから、とその場から去ろうとする四宮に、佐々木のつぶやきが聞こえた。
「…私、決めたのは自分だから…自分の意志で…行くから」
 抑揚を抑えた堅い声。それだからこそ、彼女の決意と、精一杯の強がりが伝わってくる。
 まだ高校生、しかもオメガの彼女が、決められた道以外をどうやって選べるだろう。
「…わかってる…」
 それでも自分の意志で行くのだという彼女の声を、四宮は否定したくなかった。
「…いきなり話しかけてごめんね。四宮君と話が出来て、嬉しかった」
「ハルやん〜、遅れてごめん〜」
 書架の向こうから、ミツルの声が響く。声がした入り口に視線を向けると、背後で遠ざかる佐々木の足音が聞こえた。四宮は振り返らずに、小さくなる足音を聞いていた

 自分には彼女の行く末について、祈ることしかできないけれど。
 せめて、オメガとしての浅ましさを突きつけられる事のないように。
 せめて、望まれた伴侶として迎え入れられるように。
 ……彼女の行く先が、安らかなものであるように。

 ミツルに話しかけられるまで、四宮はその場に立ちすくんでいた。


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2018.8.1 UP。

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