第2オペ室
白石幸之助が書いた小説やイラストを置いてあります。コウノドリ・ブラックジャックなど。
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桜の花の下で、君の名を呼べば
空へと伸びる淡い紅の色彩に目を奪われるのは、知り合った男と同じ名前の花だから。
「サクラ!」
その季節が巡るたび、四宮は桜の咲く下でその名を…鴻鳥サクラの名前を呼び、彼もまたその季節を冠した四宮の名前を口にしては、たわいもなふざけ、花が散る時は二人で過ぎゆく季節を惜しんだ。
薄紅の色彩が、暮れゆく風景の中に溶けていく。
病院近くの短い桜並木は、今が満開だ。
桜の花の下で時折鴻鳥が立ち止まるのが、遠くからでも見て取れた。おそらく今を盛りと咲く桜を見上げているのだろう。
鴻鳥はどんな目で桜の花を見ているのか。昔と同じように、自分と同じ名を持つ花を嬉しそうに見上げているのか。
遠ざかる鴻鳥の背を、四宮はただ見送っていた。
「…サクラ…」
つぶやいた声は、誰に届くでもなく風の中に消えていく。
鴻鳥を追いかけて咲く花と同じ名を呼びかけようとしたが、足を踏み出す事が出来ない。
昔は鴻鳥と並んで歩き、咲く桜の花を見上げたのに。
…あの子が産まれる前は、躊躇うことなく鴻鳥と共に歩けたのに。
遠ざかる鴻鳥の背。
前へと進んでいく鴻鳥と、進めない自分。
あの時と変わっていない鴻鳥。
あれから変わってしまった自分。
…それでいい、と思うのは自嘲か。
四宮が別の道を歩こうと桜並木に背を向けたした時、薄紅の色彩を交えた風を象ったような少女が、四宮のすぐ脇を駆け抜けた。
舞い散る桜の花びらを集めたような桜色のスカートが、桜の色を交えた春の風に翻る。数歩進んだ先で、少女は足を止めて四宮を振り返った。
眠っている顔しか知らなかったあの子が、咲く桜の下で笑っている。
いつか花が開くように瞳を開き、笑ってほしいと願ってつけたその名前に相応しく、咲き誇る桜の花の下で。
「…つぼみちゃん…?」
その場に立ち尽くす四宮に背を向けて、彼女は走り出した。肩で切りそろえた髪が、風に揺れる。
「…つぼみちゃん!」
彼女を追って、四宮は駆けだした。
走りながら、自分の前を行く少女があの子であるはずがないのは、頭の片隅では理解していた。
追いついたあの子から、不信の眼差しを向けられる事になっても。
あの子へと伸ばした手が、何にも触れずに空を切る事になっても。
それでも四宮は駆け出さずにはいられなかった。
あと少しで、前を走るあの子に触れられる、と思った時。
「…四宮?」
あの子に触れたと思った手は、鴻鳥の肩をつかんでいた。
「どぉした、四宮?」
桜の花の下で名前を呼び合った頃と同じ、穏やかな鴻鳥の顔。自分たちはあの頃と何も変わっていないのだと錯覚しそうにくらいに。
「…サクラ!」
「ん?」
「飯、一緒に食いに行こう!」
躊躇うよりも先に、誘いの言葉が出た。
こうして鴻鳥に触れられるなら。
…彼と共に歩くのを、まだ許されるなら。
「…僕、今日はオンコールだから酒に付き合うのは無理だけど、それでもいい?」
突然の誘いなので断られるかと思ったが、鴻鳥は嫌な顔もせずに誘いを快く承諾した。
二人で昔よく行った店に行く事に決め、四宮は鴻鳥と並んで歩き出す。桜並木が途切れた場所で、四宮は歩いてきた道を振り返った。
自分の前を走っていたあの少女の姿はなく、ただ夕暮れの空へと広がる淡い紅の色彩が見える。
「…四宮?」
先を歩く鴻鳥が振り向いて、四宮を呼ぶ。
「誰か待っているのか、四宮?」
「…いや、もういいんだ」
あの子は自分の元ではなく、別の処に行ったのだから。
2017.4.29 UP。
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