第2オペ室
白石幸之助が書いた小説やイラストを置いてあります。コウノドリ・ブラックジャックなど。
Wish You Were Here 四宮
How I wish,how I wish,how I wish you were here
どれほど、どれほどあなたがここにいてほしいか
見上げれば灯りのついていないマンションの窓は暗い。部屋の主が就寝している、というのはありえないから、鴻鳥はまだ部屋に戻っていないのだろう。
(……遅く……なるかもな……)
スタッフを交えて次のライブの打ち合わせと言っていたが、予定より時間が長引いているのか。
戻るのは何時になるのだろうと思いながら、渡された合い鍵で四宮は鴻鳥の部屋に入った。
部屋の灯りをつけ、遅い時間まで営業しているスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
もともと四宮は食生活に気を配るような性格ではない。しかし鴻鳥が四宮以上に食生活に無頓着なので、四宮が鴻鳥の部屋に泊まるようになると、四宮が食材を補充し、自分と鴻鳥のための簡単な料理を作るようになった。
手間のかからない料理ばかりだが、四宮の作った料理を鴻鳥は美味しいと言って喜んで食べてくれるのが、なんだが四宮にはくすぐったい。
この時間だから鴻鳥も食事を済ませてくるだろうから、買ってきた食材は明日の朝食にすればいいだろう。
もう遅い時間なのに鴻鳥はまだ帰ってこない。明日の仕事に響かないかと心配だったが、自分だけでも明日に備えて先に寝る事にした。パジャマ代わりのスウェットと替えの下着を用意し、シャワーを浴びる。
鴻鳥の事だから四宮が先に眠っていたら、戻っても自分を起こす事なく眠りにつくだろう。鴻鳥が部屋に入った時のためにフットライトをのスイッチを入れ、部屋の灯りを消す。ベッドに入ると四宮はすぐに眠りに落ちた。
……そして、あの日の夢を見た。
「……!」
声にならない悲鳴を上げたかもしれない。跳ね起きて荒い呼吸が止まらない身体を、誰かに強く抱きしめられた。
「……大丈夫だから、ハルキ」
まだ夢から覚めきっていない意識にも届く、四宮を落ち着かせようとする鴻鳥の声。
「……サク…ラ?」
これから寝ようとしていたのだろう、鴻鳥も四宮と同じパジャマ代わりのスウェットを着ていた。照明を消し、淡いフットライトの光のみに照らされた部屋はまだ薄暗く、夜が明けるまでしばらく時間があるだろう。
「…寝汗…ひどいな…タオル持ってくるか?」
寝汗で額にはりついた髪をかきあげながら鴻鳥が言う。気遣う鴻鳥の言葉に返事をせず、四宮は鴻鳥の肩に顔を寄せる。鴻鳥は何も言わずに四宮の背に腕を回した。
……もうあの夢を見なくなったと思っていたのに。
……あの子が静かに命を終えてから、もうだいぶたつのに。
「……サクラ」
「うん?」
「……あの子は……つぼみちゃんは……確かにいた……そうだよな……?」
「……うん……」
両親からの祝福もなく産まれた子供。
一度も目覚める事なく命を終えた子供。
「……俺がこうしてあの夢を見るのは…俺がまだ、あの子を覚えているからだよな……?」
……これは、夢の続きだ。
こうして鴻鳥に告白するのは、自分が夢からまだ覚めていないから……四宮は、そう思う。
「……」
自分の背に回された鴻鳥の手に、力がこもる。鴻鳥の肩に頭を預け、鴻鳥の腕を感じながら彼に強く抱きしめられる事で、ようやくあの夢に落ちないでいられる。四宮には、そんな気がする。
産まれたときに母親を喪(うしな)い、目を覚ますことなく命を終える子供は、あの子が最初ではないし、最後でもないだろう。
これから自分たちが関わる誕生に、あの子のような子供に何度でも出会うかもしれない。
……それでも。
自分があの子を忘れてしまったら、あの子が生きた日々は誰の記憶にも残らないかもしれないから。
「……だから俺は……あの夢を見ると、俺はまだあの子を忘れていないのだと安心している……」
いつか自分が、あの子を忘れてしまうその時まで。
自分は、あの子が産まれて、生きた日々を覚えておきたいから。
四宮の言葉を無言で聞いていた鴻鳥が、四宮の言葉が終わるなり四宮の身体をベッドに押し倒し、その身体を組み伏せる。
「……サク……ラ?」
問いかけようとした言葉は、鴻鳥が落とす口づけに途切れた。
「……ん……」
抗(あら)がう事なく鴻鳥の口づけを受け入れ、舌を絡める。四宮のスウェットの裾に鴻鳥の手が触れ、引き上げて肌を露わにさせた。まとわりついて邪魔になったスウェットを四宮は自分で脱ぎ捨てる。
四宮が鴻鳥のスウェットの裾に触れると、鴻鳥も邪魔な衣服を自分で脱ぎ捨てた。そうして、互いを隔てる最後の下着まで脱ぎ捨てる。
フットライトの淡い光に照らされ、微妙な陰影が鴻鳥の肌に落ちる。
普段の穏やかな鴻鳥とは思えないような思い詰めたような表情は、その影が見せているのか。
鴻鳥に組み敷かれた四宮が、見上げながら鴻鳥の髪に指を絡めた。
「…ハルキ…」
自分を求めて熱を帯びた鴻鳥の吐息が、四宮の理性を溶かす。
耳元で囁かれる、自分の名を呼ぶ声も。
肌に落とされる口づけも、肌に刻まれる朱も。
鴻鳥の熱い肌も、鴻鳥が与える快楽も苦痛も、すべてこの身体で受け止めるから。
……あの子を喪った事による虚(うつ)ろが、自分の中にあるならば。
……それを、鴻鳥に埋めて欲しい。
昂ぶらされ、存在を主張している四宮の男性自身に鴻鳥が指を絡めた。艶を帯びた吐息が漏れ、四宮の腰が浮く。鴻鳥の手が四宮の身体を開き、腰を浮かせて受け入れやすい体勢を取らせる。鴻鳥に貫かれるのを待ち望む四宮に、鴻鳥が囁く。
「…ハルキ…ごめん…」
(……何故、おまえが謝る?)
自分もまた鴻鳥を求めているのだと示したくて、四宮は自分を組み敷く鴻鳥の腰に足を絡めた。
「……サ…クラ……!」
鴻鳥に貫かれ、身体を揺らされる。耐えきれずに漏らす四宮の嬌声はすでに意味をなさない。
熱を帯びた吐息のなかから、鴻鳥が繰り返し自分の名を呼ぶのが聞こえる。
薄暗い部屋のなか、互いを求め合う二人の声だけが響いた。
行為の気配が濃厚に残るベッドに二人、体を横たえる。鴻鳥に後ろから抱きすくめられた四宮は、背中に、自分の胸の前に回された腕に、まだ熱が残る鴻鳥の肌を感じていた。
「……シャワー……浴びるか?」
「……朝に……する……」
四宮は気怠(けだる)げに答えた。眠りに落ちるまで、こうして鴻鳥を感じていたい。
あの夢をまた見て、自分がうなされて苦しむのはかまわない……それがあの子が確かに生きていた証ならば。
それでも、今だけでもいいから、自分を抱き留めてくれる鴻鳥の腕に縋(すが)って眠りたい……。
「……ハルキ」
「……ん……」
「……僕は、ここにいるから」
鴻鳥の言葉に、四宮の目頭が熱くなる。
……俺は、こうしてサクラに縋(すが)ってもいいのか…?
「……うん……」
鴻鳥の言葉をかみしめるように、自分の胸に回された鴻鳥の手に四宮は自分の手を重ねた。
2016.6.1 UP。
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