第2オペ室
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目覚めにその名を呼べば
四宮ハルキが風邪を引いた。
インフルエンザではなくただの風邪だから大丈夫、と言ってマスクをして診察しているが、赤西の目から見てもかなり辛そうだ。鴻鳥も家に帰って休んだ方が良いんじゃないか? と言ったものの、四宮本人から
「内科でちゃんと診てもらったし、診察できないくらいひどくなったら帰らせてもらうから、それまでは大丈夫だ」
と返されては、さすがの鴻鳥もそれ以上強くは言えなかった。もっとも四宮がそこまで言い張るのは、子供が熱を出した倉崎を四宮が無理矢理早退させたので四宮まで帰ったら人員的に厳しくなる、というのも関係しているのだろう。
手術は鴻鳥と赤西が担当し、四宮には負担のかからない範囲で診察してもらう、というスケジュールを組み、一段落ついた頃に当直室で休んでもらう事にした。
PHSの番号を押す。呼び出しのコール音がしばらく続いたあとに、その人の声が聞こえた。
『……はい……』
普段聞くのとは違い、寝起きでやや舌足らずにも聞こえる声。起こして申し訳ないと思いつつ、用件を伝えた。
「赤西です。お休みのところすみません。食堂でお粥作ってもらったんですけど、食べられそうですか?」
『……食欲は……ある……』
「じゃ、これからそちらに持って行きますね」
「四宮先生、風邪なの?」
通話スイッチを切ると、いつも赤西を気にかけてくれている厨房の女性スタッフが聞いてきた。
「ええ。本人は大丈夫だから、って家に帰らないで当直室で休んでいますけど」
「それじゃ四宮先生の分まで赤西先生が頑張らないとね」
そうですね、と笑いながら赤西はお粥を受け取った。
まだ日は高いが、ブラインドが降ろされた当直室内は薄暗い。赤西が部屋に入っても四宮が起きあがる様子はなかった。赤西を待つ間にまた眠ってしまったのだろう。身体をこちらに向け、やや背を丸めた状態で眠っている。顔が隠れるくらいに毛布をかぶっているので寝顔は見えない。普段はきっちりと整えられている髪が、枕の上に広がっていた。
------指で梳いたら、その癖のない髪は指の間をどう流れていくのか。
ふと浮かんだ考えに赤西は苦笑した。自分よりもはるかに産科医としての経験を持つ四宮に対して、そんな事を考えるのは馬鹿げているを通り越して失礼だ。
持ってきたお粥をベッド脇のサイドボードに置こうとして、その上に置かれた四宮の眼鏡を動かす。その時四宮が目を覚ました気配がした。
「……サクラ?」
いつも呼びかけるその人の名前を、病院内では聞いた事がない甘えたような声で四宮が呼んだ。寝起きな事と眼鏡をかけていない裸眼という事が、赤西を鴻鳥と勘違いさせたのか。
「……赤西です。お粥持ってきました」
「……ああ」
目を覚ましたばかりだが先程の甘えるような声ではなく、いつもの声に戻っている。ベッドの上で半身を起こすがその動作はどことなくだるそうで、まだ本調子ではないようだ。
「……手を煩わせて、すまない」
厳しい人だが、こういう時でも後輩である自分ににきちんと礼を言う人なのだろう。
「いえ、今は進行中の人もいなくて落ち着いていますから。食べ終わった頃に食器を取りに来ますね」
そう伝えるが、食べ終わったら自分で食堂に持って行く、と四宮が返事をした。
「診察が終わったら、鴻鳥先生が様子を見に来ると思います」
「……うん……」
その声が嬉しそうに聞こえたのは、赤西の気のせいだろうか。
「それじゃ僕は戻ります。何かあったら呼んでください」
食事の邪魔にならないよう、赤西は当直室を後にした。
ナースステーションに戻ると小松がいた。今は小松にも余裕があるらしい。
「四宮先生どうだった?」
「まだだるそうでしたが、食欲はあるってお粥は食べてくれましたよ。食器は自分で持って行く、って言ってましたけど」
「そっかー」
状況は赤西が当直室に行った時から変わっていない。このままいけば四宮を起こすような事にはならないだろう。
「手があいたら鴻鳥先生が様子を見に行く、って言っていたから」
小松の言葉にそうですね、と赤西はどこか上の空で返事をする。
鴻鳥が様子を見に行ったら、四宮はあの甘えたような声で鴻鳥の名を呼ぶのか。そしてその声に鴻鳥はなんと答えるのだろう?
その二人のやりとりを想像し------なんだか見てはならないものを見たような気がして胸の奥がざわめく。赤西はその考えを追い払うように頭を振った。
風邪を引いて寝込んだ同僚の様子を見に行く。見舞われた方は仕事の上で彼を頼りにしている。
それだけのことだと赤西は自分に言い聞かせた。
「頭なんか振って、どうしたのゴロー君? ゴロー君も風邪とか?」
違いますから安心してください、と笑いながら言った---ちゃんと上手く笑えたと赤西は思いたかった。
2016.5.7 UP。
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