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本物と偽物

 軽快なピアノの旋律が店内に響く。
 四宮もよく知っているBabyの曲だが、演奏者が違えば曲も微妙に違って聞こえる。もっともBabyその人が同じ曲を弾いても、その日の気分によって曲の調子が異なるのも四宮は知っていた。
「ゴローくんのピアノもなかなかだろ?」
 鴻鳥が嬉しそうに言う。
 ゴローくんが良い店を教えたいんだって、と鴻鳥に引っ張りだされ、こうして鴻鳥とカウンターに並び、赤西の演奏を聞きながら四宮はグラスを傾けていた。
 赤西は知る由もないだろうが、ここは鴻鳥が昔世話になった店でもあり、四宮も何度か鴻鳥につき合って来た事がある。その事に触れずに赤西に連れてこられた風を装うのは、鴻鳥なりに赤西をたてているのだろう。
 赤西のピアノは続く。あとすこしで曲のテンポは速くなるはずだ。鴻鳥は難なく弾きこなすが、赤西に同じように弾けるかどうか。
「…だが、所詮(しょせん)はお前のコピーだろう?」
「…四宮、それは内緒だよ」
 鴻鳥はいたずらっぽく笑うと、人差し指を自分の唇の前にたてた。気障な振る舞いだが、鴻鳥がやると様(さま)になる……惚れた弱みだと自覚しているが。
 自分の作品を目の前で模倣されるのは、どんな気がするのだろう。技術の差が歴然としていれば、素人の真似事だと気にならないのだろうか。
「…それでもな、サクラ」
 四宮は演奏中の赤西に視線を向ける。楽しそうにピアノと向き合っている赤西の顔。
 Babyの曲だが、Babyとは微妙に異なる、ゴローの曲。
「…いまゴローが楽しんでピアノを弾いているのは…それは、本物だと俺は思う…」
「あは、もしかしたらゴローくんがピアニストとしてデビューする日も近いかもね」
「…ライブの途中でオンコールで抜け出すようなピアニストは、一人でたくさんだ…」
「…えーと…四宮、ゴローくんの演奏終わるよ」
 はぐらかそうとしているのが見え見えだが、それでも四宮は鴻鳥の言葉に従って赤西に視線を向け、ピアノから離れてこちらに来る赤西を拍手で迎えた。


2016.3.16 UP。

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