第2オペ室
白石幸之助が書いた小説やイラストを置いてあります。コウノドリ・ブラックジャックなど。
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俺とサクラと、時々ポトス
周りを気にしないでピアノを弾ける部屋にいつか引っ越したい、と言っていた。
それまではヘッドフォンをつけて電子ピアノを弾き、ピアノの感触を確かめたくなったり、ライブを控えて本格的な練習をしたい時などは音楽スタジオを借りるなどしていたらしい。
(…プロとして物足りないと思う気持ちは理解できるがな…)
アマチュアとしてなら高望みといえるような希望でも、ジャズピアニスト・ベイビーならその願いは当然かもしれないと四宮も思う。
「前の部屋より、ちょっとだけ病院(ここ)に近いんだ」
引っ越した事を告げる鴻鳥の声は、普段よりも明るい。病院内では言えないが、防音もしっかりしていて周囲に気兼ねすることなくピアノを弾けるというのが、鴻鳥にとってその部屋を選んだ理由だろう。嬉しそうに告げる鴻鳥の顔につられて、四宮の気持ちもつい明るくなる。
「…四宮。今度、来てみないか?」
………鴻鳥が自由にピアノを弾ける部屋に住むようになったら、自分はその部屋でまた彼のピアノを聴けるだろうか…?
初めてベイビーのライブに行ったときに、ひそかに願った願いが叶う。
鴻鳥の申し出を嬉しく思いながら、お互いの都合の良い日を決める。それから、鴻鳥はジャズピアニスト・ベイビーから、産科医・鴻鳥サクラに戻っていった。
通されたのはベランダに面した広い部屋。入ってすぐ部屋の中央に置かれたグランドピアノが目に付く。他の調度品らしき物といえば、申し訳程度に置かれたソファとサイドボードだけだった。
以前の部屋もあまり家具などは無かったが、前よりも広い部屋になって家具の少なさがさらに目立つ。鴻鳥は物に対する執着がもともと薄いのか、必要最小限の物しか身の回りに置かない質(たち)らしい。
「…サクラ、これは…?」
そんな殺風景な部屋だが、サイドボードの上に観葉植物の鉢植えがあった。鴻鳥がわざわざ鉢植えを買ってくるとは、四宮には考えにくい。
「ああ、それ? 引っ越し祝いで貰ったんだ」
「…誰から、だよ…?」
不愉快な気持ちが混ざらないように注意したつもりでも、つい声が低くなる。
「滝君から。ほら、僕のマネージャーの。この部屋があんまり殺風景すぎるって、買ってきてくれたんだ」
「…そう…か…」
ベイビーの…鴻鳥のマネージャーとして、滝が気を使うのは当然なのだろう。けれど。
………必要最小限の物しか置かないサクラの部屋に、他人からの贈り物が置いてある。
………自分は、この部屋に自分がいるという証(あか)しが残せるだろうか…?
鴻鳥が弾くピアノに四宮は耳を傾けた。これだけ音を出しても周囲の部屋には音は漏れないのだと鴻鳥は嬉しそうに語るが、四宮の気持ちは沈んだままだった。その時、四宮のオンコールが鳴った。
「…俺、だな」
「僕も一緒に行こうか、四宮?」
「…いや。大丈夫だと思う」
観葉植物一つに気持ちが沈むなんて、自分でも馬鹿げた事だと思う。それでもこの時だけは鴻鳥の部屋を去る口実をありがたいと思いながら、四宮は鴻鳥を残して一人病院に向かった。
2015.8.6。
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