第2オペ室
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辰巳氏の優雅でシュールなコミックマーケットレポ_02
「…すごい…人ですね…」
想像を超える人の多さを目の当たりにし、辰巳にはそれしか言葉が出なかった。
とにかく
「人が多い」
としか言いようのない光景だった。炎天下に列を作ったり移動したりして、会場と思われる建物の中に人の流れが入っていく。
「この時間に外にいるのは一般参加者だけだそうです。サークル参加の人たちはすでに会場内で準備を済ませているそうです」
だとするといま目にしているよりもさらに多くの人が、あの建物の中にいるという事だろうか。そのほかにもこのイベントは3日間続く事や、「ジャンル」というものによって日程が異なり、参加サークルが入れ替わるという説明も聞いた。それではこれだけの人が3日間連続で集まるのかと思うと、辰巳は驚くしかなかった。
「さて、私たちも行きますか」
ブーちゃんを始めとする一行はすでに準備を済ませていた。彼らはこのイベントを視察するためにはるか遠くの国から日本まで来たのだ。酷暑や人混みごときで怯む事はないのだろう。ないのだろうが…。
冷房の効いたバスから降り猛暑の炎天下に立ったとき、辰巳はこの役目を引き受けたのを、ほんのちょっとだけ後悔した。
バスから降りた一行は分散してイベント視察に当たるらしく、各自一枚の紙を手にしていた。聞けば会場内の地図だそうだ。あれがないと目的地までたどり着けないんですよ、とブーちゃんは辰巳に説明した。ブーちゃんの地図を見せてもらったが、長方形が整然と並んでいて、それらの長方形の一つずつがさらに細かく区切られている。この区切られた四角の一つ一つが、それぞれのスペースーーー参加者それぞれの販売スペースらしい。地図で見る限りでは少々狭そうだ。紙に書かれた地図を見ただけでは、実際にどんな物をどのようにして販売しているのか想像しづらい。
「私も話に聞いているだけで、実際に見るのは初めてなんですよ」
駅で待ち合わせをした時からおだやかなブーちゃんだったが、いまは少々声が弾んでいるように思えるのは…それは辰巳の気のせいではないだろう。
バスの中でブーちゃんがこのイベントをとても楽しみにしているのは辰巳にも察しがついたが、彼が実際にこの場所に来られるのは今日一日だけらしい。視察の目的としては巨大イベントが経済にもたらす効果等だろうが、それ以外の期待ーーー辰巳も昔、好きなマンガの発売日を待ちわびたのと似た期待ーーーもいくぶん混ざっているのだろう。
(…約束を引き受けたのを後悔している場合じゃ…ないよな…)
しばらく並んでから建物内に入ると(ブーちゃんの言葉によれば、イベント開始から多少時間が経っているので、これでも並ばなかった方らしい…)、外よりもさらに混んでいた。入り口からすぐのところで人の流れは二手に分岐し、それぞれのメイン会場へと続いていく。
東京駅ではかなり目立って行き交う人からすれ違いざまに振り返られる事の多かったブーちゃんたちのTシャツだが、ここでは奇抜な服装(妙な言葉が大きくプリントされたTシャツとか、やけにカラフルで斬新なデザインの服)を着ている人も多かったので、ブーちゃんたちのシャツがおとなしいと思えるくらいだった。
辰巳たちは二手に分かれた流れの、人が多い方の列の中、周囲に流されるまま歩いた。
そして、会場に着いた。
「………」
ここに到着した時に「ものすごい人の数」というのを十分すぎるほど見たつもりだった。けれどもこの広大な会場内を埋め尽くさんばかりの人の多さは、一体何なのだろう。
「あ、辰巳先生、通路の真ん中に立っていると邪魔になりますよ」
ブーちゃんがあまりの人の言葉を失っている辰巳を引っ張って壁際まで連れて行く。壁際では若い女性たちが、ブーちゃんたちが持っていたような地図を広げて熱心に見ている。何を確認しているのかはわからないが、このような場所では確かに地図がないと目的地までたどり着けないだろう。
「…目当てのジャンルは少し遠いみたいですね…」
地図から目を離してブーちゃんがつぶやいた。「すこし遠い」と言うが、純粋な距離としてならば、広いとはいえ建物内の事だからそれほどの距離でもないだろう。あくまでもこの混雑が無いと考えるならば。
その後はブーちゃんの「目当てのジャンル」というのを、人の波をかいくぐって見て回った。それらは辰巳の知っている作品だったり、聞いた事もないような作品だったりしたが、それらはファンクラブ活動ーーー自分の好きなシーンの解説や、ファンによるアンケートのようなものと思えばいいのだろうか。
「それをこれから調べるんですよ」
ブーちゃんはにこやかに笑うが、なんだか上手くはぐらかされているような気がしないでもない。後日ピノコか手塚あたりに聞けば、答えてくれるだろうか。
その後はブーちゃんの希望で、二人は画材販売コーナーにも足を運んだ。辰巳も文房具などを見るのは好きな方だが、それでも辰巳が見た事がないような様々な文具や画材がある。
「このようなものを使って、彼らはマンガを描いたりしているんですね…」
ブーちゃんは一つ一つの品物を手に取ったり、初心者用のハウツー本のページをめくったりと、かなり熱心に見ていた。
…でも、表紙に若い男性二人が絡んでいる写真集に一体どんな用途があるのか、辰巳には謎だった…。
夕方、帰る時間。
一行は朝にバスを降りた場所に再び集合していた。その時ブーちゃんの携帯が鳴った。
「あ、サーヤ?」
親しげに電話に出るブーちゃん。どうやら相手とはかなり親しいらしい。
「…うん、これから帰るところだから。アドバイスありがとう。とても助かったよ。頼まれた本もちゃんと買えたから。…じゃあ明日渡すから。お父様によろしく」
西洋人であるブーちゃんが携帯で話していた言葉は辰巳にもよく理解できる日本語だった。ならば電話の相手がブーちゃんにこの巨大イベントに対して注意事項などを教えた「日本の友人」なのだろうか。おそらくその相手は、このようなイベントにかなり詳しいのだろう。
「お待たせしました。それじゃ帰りましょうか」
一行はバスに乗り込んだ。朝はお堅い官僚的だった人が、なんだかえらく満足そうな顔をしている人もいるのが不思議と言えば不思議だった。
イベント終了から数日後。
「…それでは、次のニュースです…」
車のラジオからは辰巳がいつも聞いているニュースが流れている。来日中に体調を崩したA国皇帝、ブリリアント三世が順調に回復し、今日帰国するとニュースは伝えた。
(…ブーちゃんはもう自分の国へ帰ったのかなぁ…)
信号を待つ間、辰巳は様々な意味で初めての経験をしたあのイベントを思い出していた。皇帝と同じ名前を持つブーちゃんや、イベント帰りのバスの中で満足げな顔をしていた国際情報分析官ーーー彼らはあのイベントに関して、どのような報告書をまとめたのだろうか。
信号は青に変わり、辰巳の意識はとりあえず車の運転へと切り替わった。
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2016.10.01 UP。
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