第2オペ室
白石幸之助が書いた小説やイラストを置いてあります。コウノドリ・ブラックジャックなど。
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安楽死医、夏コミに来たる_02
約束の日。
まだ午前の早い時間だがもうすでにかなり暑く、強烈な日差しが目にまぶしい。おそらく今日も酷暑になるだろう。今日は仕事ではなくピノコと外出なので、普段の黒衣ではなく半袖のワイシャツにスラックス、髪は後ろでまとめ、目立たないようにいつもの眼帯はせずに濃い色のサングラス。少女とはいえ女性と一緒なのでくだけすぎないようにと気を使ったつもりだが、もっと涼しい格好にすればよかったと少し後悔した。
待ち合わせの5分前にキリコは人で混雑する東京駅についた。ピノコと待ち合わせるホームはかなりの混雑をみせていたが、女性がやや多いようだ。彼女たちの行き先はこれから自分たちが行くイベントなのだろうか?
ピノコの姿は見あたらない。もしかしたら自分が彼女を見落としているのだろうか? とキリコが周囲を見渡した時に、ホームに電車が入り、その電車からピノコが降りてきた。
「おじちゃん、待たせてごめんね」
明るく言う。彼女なりにお洒落をしているのだろうか、普段よりもほんのすこしだけ華やかな服装をして、キャリーカートには髪を飾るのとお揃いのリボンがついていた。いつも黒衣を身に纏っているどこぞの悪名高い外科医にも、すこしは見習ってほしいくらいだとキリコは思う。
「俺もそれほど待ったわけじゃないよ」
「……なんらか、レエトみたいね」
ピノコがクスリと笑う。あの男以外に待ち合わせをする機会は、彼女には滅多にないのだろう。
「おやおや。誘惑ですかい、奥さん」
違うもん、とピノコが頬を膨らますを見て、キリコも笑った。
東京駅は知らない場所ではないが、今回は行った事のない場所に行くのでおとなしくピノコの案内についていった。
電車で次の新橋駅まで行き、ゆりかもめに乗り換える。ここでも周りのほとんどが若い女性だった。ピノコが行きたがるイベントだから、こんなに若い女性でたくさんなんだろうな、とキリコなりに納得した。
ゆりかもめで目的の駅に着くと、すでに駅はかなり混んでいた。
「……ものすごい人……だな……」
地を埋め尽くす、とはこのような状況を言うのだろう。とてつもない人の数だが、見たところ大混乱という印象は受けないのは、彼らなりの秩序に従っているからだろうか。それでもピノコのような体力のない者をこのような厳しい場所に行かせたくないと思うブラックジャックの心配は理解できる。
「……はぐれないでくれよ、嬢ちゃん。嬢ちゃんに何かあったら、奴が何するかわかったもんじゃない」
冗談混じりに言ってみたが、いざそうなったら冗談ではすまない事はキリコもよくわかっている。ピノコもわかっているよのさ、と明るく返事をした。
駅を出て片側に海を臨みながら、逆三角形が連なる特徴的な建物を目指す。時間帯によっては入口に着くまでにも時間がかかるのよさ、とピノコは言っていた。ピノコを含めこの場にいる者たちが、そんな苦労までしてここに来る理由はなんなのだろうか。キリコにはわからなかったが、
(……まぁ、そういう事や、そういう理由があるんだろう……)
と、あまり深くは追求しなかった。
建物に入ってすぐに、人の流れが二つに分かれた。展示場のホールを東西に分け、それぞれのホールに向かう人がここで別れるとピノコが説明してくれた。ピノコの目的地は西だと言う。人の流れに流されながら、キリコはピノコの案内に従った。
エスカレーターを下り、吹き抜けの広場に出た。ピノコはバッグから一枚の紙を取り出し、しばらく見つめていた。自分の目的地を確認しているの、との事だった。
「……ここかららと……こっち、なのよさ」
会場内に入ると、そこはキリコの知らない世界だった。
広大と言ってもいい会場に見渡す限り机が整然と並べられ、一つ一つの机の上になにやら置いてある。自分たちで作った本やグッズ(どうやら文房具や日用品の事らしい)なのよさ、とピノコがキリコに説明するが、それらがピノコがどうしてもここに来たかった理由なのだろうか。
「○○さん、こんにちは〜」
一つの机の前にて立ち止まると、ピノコは明るく挨拶をした。相手は二人の若い女性で、ピノコを見ると何やら盛り上がった。女性なりのやりとりだろう。男であるキリコは、そこに立ち入ろうとは思わない。おとなしく引き下がることにした。
「『未知の世紀』、すごいれすよね!」
「ドラマは終わっちゃったけど、映画が美味しかったからね!」
「そうそう! 事件を追っかける相模の元相棒がまたイケメンでさ!」
「あれってやっぱり相模受だよね!」
……つまり彼女たちは、お気に入りのドラマの話で盛り上がっているらしい。子供の頃、ユリも友人たちとはしゃいでいたよなぁ、と、懐かしい思いで遠い目をするキリコであった。
「あ、××さん、久しぶり〜」
もう一人若い女性が来た。どうやらピノコや二人とは知り合いらしい。
「『エローラの剣』どうだった? やっぱりお通夜?」
「結構盛り上がっていたよ。作者が別人、しかも男性じゃなくて女性っていうのは萎え材料だったけどねー。でもいままで作者として表に出てた猪谷さんが腎臓提供したから本当の作者の病気も治ったって言うから、あんまり悪く言えないよねー。新シリーズも再アニメ化するかもしれないって噂だから……ところでピノコさん、そちらの方は?」
後から合流した女性が、キリコを見ながらピノコに訊いた。自分はピノコのような少女に付き添うには少々……というか、かなり胡散臭いから、防犯上の理由で確認したくなるのも当然だろう(ピノコの保護者であるあの無免許医も、似たようなものだとキリコは思うが)。
「……え、ええとね、執事、なのよさ」
想像もしなかったピノコの答えに思わずむせた…………が、医者の付き添いがあるとは見られたくないのだろうかと思い直した。
「お嬢様、執事ごときをお嬢様のお友達に紹介なさらずともよろしいではありませんか」
それらしい態度を取り繕って、キリコはピノコの嘘に合わせた。途端に三人のテンションが跳ね上がる。日本では若い女性に執事が人気だとは聞いていたが、これほどまでとはキリコも思わなかった。
「じゃ、そよそよ帰ります。今日はありがとうございました!」
盛り上がる三人に別れの挨拶をして、ピノコはその場を離れた。
「……おじちゃん、ピノコの嘘につき合ってくえて、ありがとう」
三人から遠ざかった頃、ピノコがキリコに礼を言った。
「今日一日は、俺は嬢ちゃんの執事みたいなものだからな」
「……きっと、厳しい執事なのよさ」
ピノコがクスリと笑った。
それ以外にもピノコといくつかのサークル(……と、言うらしい)を見て回った。歩きながら周囲を見ると、普段街中ではまずお目にかかれないであろう、ハロウィンの仮装のような格好をした者が普通に歩いていた。
(……まぁ、祭りだというしなぁ……)
周囲の仮装に視線を向けていると、若い女性二人とすれ違った。ジーンズに白いTシャツというラフすぎる格好だが、無造作にのばした髪に茨らしき植物で作った冠。女性なのに付け髭。Tシャツにはカタカナで「ゴルゴダの丘」と書いてある。キリスト教圏で生まれ育ったキリコには、どうしてもある一人の人物しか思い付かない。
「……嬢ちゃん、あの二人連れは……?」
「え? ああ、あの人? きっとイエスとブッダね」
ピノコが事も無げに言う。日本は仏教も信仰するとは聞いていたが、宗教創始者の格好をするほど熱心に信仰しているのだろうか? しかも、異教の創始者も一緒に?
「イエスとブッダが世紀末を無事に終えてバカンスで立川に来ている、っていうマンガがあるの。きっとそのコスプレね」
……いくら若者の祭り会場であるとはいえ、異なる宗教の信仰対象の二人が仲良く並んで歩くのを目の当たりにすると、異教同士の衝突と言われる十字軍とは一体何だったのだろう、とキリコはこの日何度目かの遠い目をした。
「あ、鬼灯(ほおずき)様と白澤(はくたく)様もいるのよさ」
ピノコが視線を向けた先には、黒い和服を着た若い女性と、キリコにはアジアっぽいとしかわからない白い服を着た若い女性がいた。キリコの目から見たら二人とも服装がよく似合っているが、よく見ると黒い和服女性の額には小さな角がついている。
「地獄の裁判補佐官と、桃源郷の神獣の二人なのよさ。原作のマンガ、とっても面白いのよさ」
桃源郷というのは確か中国の想像上の理想郷だったよな、とキリコは自分の知識を総動員し、ならばピノコの言う地獄とは、どの宗教における地獄なのだろうかと一瞬悩んだ。
「……じ、地獄の裁判補佐官か……それじゃどこかに、閻魔大王とかサタンもいそうだな……」
「あ、さっきすれ違ったのよさ。ピノコはベルゼブブが可愛いと思ったのよさ」
……その発想が自由すぎて、キリコについていける自信は、無い。
ピノコの目当てのサークルを大体見終わった頃、次第に彼女の口数が少なくなってきた。
「……大丈夫か、嬢ちゃん?」
「……うん……らいじょうぶ……なのよさ……」
口ではそう言っているが、医師の目で見てそろそろ限界だ。もう帰った方が良いだろう。
「すこし休むか。嬢ちゃん、水は持ってきているよな?」
腰を下ろせる場所を探し、彼女なりの熱中症対策として持ってきた飴(最近は塩分なども補給できる飴が売っているらしい)を口に含ませ、水を飲ませる。念のためキリコが持ってきた携帯用の冷却剤を彼女の額に当てた。顔色を確認するためにサングラスを外し、目の傷を隠すためにいつもの眼帯をかけた。
ピノコが持ってきた扇子でキリコがしばらく扇(あお)いでいると、ピノコの体調もややよくなってきた。
「なにか食べてから帰ろう。行きたいところは大体行ったようだから、焦らないでゆっくり帰ろう」
来るときに見かけたコーヒースタンドで軽食をとってすこし休めば、彼女が家に帰るまでの体力は快復するだろう。
「……おじちゃん」
「ん?」
「……迷惑かけて、ごめんね……」
保護者であるブラックジャックの反対を押し切ってまで来た事を反省しているのだろう。それでも、共通の話題で友人たちと盛り上がった彼女の楽しそうな顔。物珍しい衣装を見て喜んだ彼女の顔。
「……楽しかったか?」
「……うん」
「奴にも嬢ちゃんが楽しんでいたと言っておくさ」
出口を出てコーヒースタンドを目指していたら、スタッフに呼び止められた。
「コスプレのまま帰らないで下さ〜い!」
……この眼帯のせいだろうか。コスプレではないと言うのも面倒なので、キリコは目の傷を手で隠しながらサングラスにかけ直した。
「……嬢ちゃん、これでもうコスプレには見えないだろう?」
「……え〜と……た、多分……」
「……その言い方はないだろう?」
笑いながら、キリコは世界的に悪名高き天才無免許医をいつかこの場につれてきてやる、などと考えていた。
☆ ☆ ☆
以前コミケにBJで参加していた時、親しくさせていただいた方から
「もしキリコがコミケに来たら、帰る時にスタッフから
『コスプレのままで帰らないでください〜!』
って言われますね!」
と盛り上がった事があります。
それからピノコはドラマなどが好きそうなので、もしあの世界に同人イベントがあったらきっと行きたがるだろうな、と妄想して書きました。
ピノコのような小さい子に普通に対応するサークルさんはまずいないだろうと思いますが、そこのところは同人ならではの妄想という事でご容赦願います。
☆ ☆ ☆
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2016.08.17 UP。
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