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クリスマスプレゼント

きーよーしー こーのよーるー
ほーしーはー ひーかーりー

 高く澄んだ声で歌われるクリスマスの歌を聴きながら、辰巳もまたささやかなパーティーの後片づけにとりかかった。
 12月にしては暖かく、風もないので静かな夜だ。それでも彼---ブラックジャックが今いる地もそうであるとの保証はない。
「ね、辰巳先生、今、先生がいゆ国だと何時くやいになるの?」
「…う〜ん…6時間くらい遅くなるんじゃなかったかな? うろ覚えだけど…」
 片付けの手を休めて尋ねるピノコの言葉に、辰巳はニュースで取り上げられる国の映像を思い浮かべた。政情不安定で、ひんぱんにテロの報せが流れる国の風景を。
「…6時間遅れ…らと、いま大体午後の3時くやい? あの国のおやつって、ろんなお菓子があゆのかちや? ピノコも食べてみたいな」
「僕もよくわからないけれど…いつかブラックジャックと一緒に行った時にでも食べてごらん」
 いつか。
 かの国から不安な影が去ったら。
 ブラックジャックがその国の高級官僚の治療のために日本を出立したのは2週間前の事だ。政治的に安全ではない、との理由から今回はピノコがついていく事を許さなかったらしい。電話はつながる事はつながるが、完全とは言えない設備のため、何日も連絡のつかない時もあるらしい。
 辰巳はピノコと連絡を取っていたが、日に日に沈みがちになっていくピノコの声にいたたまれなくなって、24日はクリスマスパーティーをやろうね、と提案した。
『…れも…いいの? 辰巳先生?』
「…いいの?って、どうしてそんな事を聞くんだい?」
『…らって…24日って言ったや、恋人ろうちが二人っきりでろうそくに火をつけて、とびっきりの甘〜い夜を過ごすれちょ?』
 おそらくテレビか雑誌から得たのであろうピノコのクリスマスのイメージに辰巳は苦笑した。
「じゃ、24日は僕の恋人になるかい? ピノコちゃん」
『ピノコはブヤックジャック先生の奥たんなの! 浮気はできまちぇん!』
「じゃあさ…寂しい独り男の愚痴でも聞いてもらえませんか、奥さん?」
『仕方ないでちゅね。聞いてあげゆけれど、れも浮気心からじゃありまちぇんよ!』
「よくわかってます」
 彼女なりのプライドを微笑ましく思いながら、24日の予定を二人で決めた。

        +    +    +

 最後の片付けのためピノコがキッチンに行った時に、電話が鳴った。電話だと伝えると、いま手が話せないとの返事が返ってきたので、辰巳は受話器を取った。
「もしもし、た…じゃない、ブラック…」
『…なんでおまえさんがうちにいるんだ? 辰巳?』
「君かい、ブラックジャック!」
 思いがけず聞くブラックジャックの声に、辰巳の声は大きくなる。
「いまどんなだい?! そっちは安全なのかい?! 君は大丈夫なのかい?!」
『…久し振りにおまえさんの声が聞けて私も嬉しいが、質問は一度に一つにしてくれないか、辰巳?』
 電話から聞こえる彼の声は笑っている。彼の身になんらかの不都合がある、というわけではなさそうだ。
「…すまない…でも、元気そうだね…」
『不都合な事もあるにはあるが、まあなんとかやっているよ』
「ピノコちゃんと替わろうか? きっと喜ぶよ」
『そうだな、頼む』
 ピノコちゃん、ブラックジャックから電話だよ、とキッチンに向かって辰巳が大きな声で言うと、間髪入れずにピノコがやってきた。
「先生!? ホントに先生!? いまろうなの?! そこは安全なの!? 先生はらいじょうぶなの?!」
 ピノコは一気にそれらの質問を彼にぶつけた後、電話の向こうで一つ一つの質問に答える彼の言葉を聞いているらしく、何度も嬉しそうに頷いていた。
「…うん…らいじょうぶ…ピノコはらいじょうぶ…先生、無理はしないでね…平気よ…らってピノコは先生の奥たんなんらし…」
 一通りのやりとりが終わったあと、ピノコは、先生が辰巳先生に替わってくれらって、と辰巳に受話器を差し出した。
『…すまなかったな…せっかくのクリスマスにピノコにつきあわせて…』
「僕も楽しかったよ。それに…」
『それに?』

「君の声が聞けるっていうプレゼントまで貰ったし」 『…………そんなもの、プレゼントでもなんでもないと思うんだが…』
「そうかなぁ? じゃあ、もっといいプレゼントが欲しいな」
『あまり土産は期待しないでほしいが…』
「早く帰ってきて、もっと声を聞かせてよ。電話を通してじゃなくって」
『…口説く相手をまちがえていませんかね、辰巳先生?』
 電話の向こうの声は笑っている。つられて辰巳も笑う。
『すまないがもう一度ピノコに替わってくれ。おまえさんにあまり迷惑をかけないようにくぎを刺しておくから』
「その点は心配ないけれども、いま、替わるからね」
 再びピノコに受話器を渡し、嬉しそうに、そして誇らしげにブラックジャックと話すピノコを後にして、辰巳は最後の片付けに取りかかった。



2004.12.09 UP。

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