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月の咲く夜に-辰巳

 キッチンから辰巳が戻った時、ブラックジャックは窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。自分の頬---色の異なる皮膚に手をあてながら。
(…昔、友人からもらった、かけがえのない皮膚だ、って言ってたっけ…)
 自分の頬に手をあてるブラックジャックを見ると、辰巳は彼に声をかける事が出来なかった。
 不発弾暴発事故の手術の時、一人だけ皮膚を提供してくれた友人だと聞いた。その友人の事を語る時、彼にはめずらしく、満たされたような、すこしくすぐったそうな顔で語った。
 その友人が見返りを求めずに与えてくれた皮膚も、その友人自身も、ブラックジャックにとってはかけがえのない存在なのだと思う。
 辰巳からは彼の背中しか見えないので、いまブラックジャックがどんな表情をしているのかはわからない。それでも懐かしさと、辰巳にはわからない感情の入り交じった表情をしているのだろう。その友人以外は誰も知らない、ブラックジャック---間 黒男の顔。
 そうして彼が、友人との思い出を懐かしんでいる時は、誰もその中に入り込めない。
(…これって…嫉妬…っていうヤツなのかなぁ…)
 自分の中でかすかにわき上がった感情に、辰巳は自分自身で苦笑した。
 皮膚が必要だった時、彼の近くにいたのはその友人であって、自分ではないのだから、仕方のない事だと思う。
 現在こうして彼のそばにいられるだけで、それで充分なのだとも思う。
 それでも一瞬だけ、想像してしまうのだ。
 いつか彼が皮膚を取り替える決心をする事を。そこには自分の皮膚を使ってくれる事を---妄想の域だな、と苦笑しつつ。
「お待たせ! 上手く淹れられたと思うんだ」
 妄想を振り払うかのように、辰巳は意識して明るい声で彼に声をかけた。
 振り向いた彼の顔は、辰巳の見慣れた、親しげな顔だった。



2007.06.07 UP。

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