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この広い空いっぱいに

 青空。
 空へと手をのばせば、その手が青く染まりそうな空。。
 誰の作品だったかは忘れたが、昔読んだ小説にそんな箇所があった事を辰巳は思いだした。今、彼の目の前に広がるのはその形容にふさわしい、よく晴れた空だった。。
 手をのばしてみようか。もしかしたらのばした手が空の青さに染まるかもしれないーーー寝転んで空を見上げている辰巳がふとそんな事を考えた時ーーー。。
「おまえさん、こんな所で何をやっているんだ?」。
 青空を背景にして間黒男の顔が辰巳を見つめていたーーーもっと正確に言うと窓から顔を出した間黒男が寝転んでいる辰巳を見下ろしながら尋ねた。。
「…ただの昼寝だよ…」。
「…ただの昼寝ならこんな所でなくても病室でできると思うが?」。
 確かに幅1メートル弱の窓の廂(ひさし)というのは、間でなくても昼寝をするのにふさわしい場所だとは思わないだろう。
「…だってさ…みんなうるさくってさ…」
「人気者はつらいな」
 辰巳を見下ろす間は笑っている。彼にはなぜ辰巳がこんな所で昼寝をするハメになったのか見当がつくのだろう。辰巳はため息をついた。
 交通事故に逢うのは(程度はどうあれ)、災難だ。
 そのうえさらに医学生が、自分の通う大学の病院に入院する事態になったら……?
 辰巳はその災難を連日実感していた。
 曰くーーー。
 新しい検査法をちょっと試させてくれ。
 検診の実験台になってくれ。
 新しく入った診察機器の披験体になってくれ…等々。
 新しい術式を試されないぶんだけ、マシかもしれない……もっとも単純骨折一カ所では、彼らもどうがんばっても実験への言い訳が思いつかななかっただけだったのだろうが…。
「そういえばみんながおまえの事を探していたっけ…なんでも新しく入った心電図をテストしてみたいんだとか…」
「…僕はモルモットか」
「モルモットがこんな所で昼寝をするか」
 言ってから間は手にしていたジュースの缶を辰巳に差し出した。
「やるよ」
「ありがとう」
「以後の実験に影響のないように、糖分のないやつだがな」
「…君までそんな事を言うのかい?」
「冗談だ。売店にこれしかなかったからな。じゃあな、辰…」
「辰巳君、こんな所にいたのか。みんな探していたんだよ」
 割り込むようにして友人の一人が窓から顔を出してきた。見るからに人の良さそうな笑顔ーーーこれから契約を結ぼうという悪魔の顔というのは、たぶんこんな顔をしているのだろう。逃げたいが、三階の廂(ひさし)から飛び降りる勇気は辰巳にはなかった。
「だめじゃないか、こんな所にいたら…みんな待っていたんだよ」
「待っていなくていい!」
 間は静かに窓から離れた。彼の肩は辰巳のいる場所からでもはっきり見てとれるほど小刻みに震えている。辰巳の身にこれからふりかかるであろう災難(?)に同情して泣いているのではない事は確かだ。
「さあ辰巳、最新の機械が君を待っている!」
 よくわからない盛り上がりを見せる友人によって、辰巳は廊下を引きずられていくのであった………。



2004.12.09 UP。

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