第2オペ室
白石幸之助が書いた小説やイラストを置いてあります。コウノドリ・ブラックジャックなど。
四季 秋
GONSHAN GONSHAN
どこへ行く
赤いお花の彼岸花
見渡す限り、どこまでも続く白い墓石の列。死者達の地であるためだろうか、静寂に満たされている。時折遠くから聞こえる潮騒に似た音は、立ち並ぶ木々が風にざわめいているのだろう。
正確に区画整理された小道を、黒いベールで顔を覆った若い女が歩いて行く。その手には血のように赤い、彼岸花の花束。
「…あいつへの花束ですか…」
「あいつ、とは?」
背後からの声に、女は振り向きもせずに答えた。振り向かなくても、声の主が誰であるか知っているかのように。
「あなたと一緒に生まれてくるはずだった、あなたの妹ですよ」
「生まれてこなかった者に、花を手向ける事はできませんわ」
「18年間、あなたとずっと一緒だったことも忘れようというのですか。今、私の家で元気にしていることも知らずに」
「…私には…関係ない事ですわ…」
「…関係ない、ね…その一言で、すべてを否定してしまうのですか…あいつの過去も、現在も、未来も」
---------遠くで潮騒に似た音がする---------
「否定したりはしない。おまえは私にとって、昔も今も、そしてこれからも大事な息子だ」
背後から自分に似ているはずの、男の静かな声。
「必要だから、認めるのですか? それでは必要ではなかったから、あなたはお母さんを見捨てて、忘れようとしたのですか?」
振り向くまいと思ったのに、振り向かずにはいられなかった。二十数年間持ち続けた想いは、それ程までに、彼にとっては強かった。
目の前にいる男は、冷静だった。彼とは正反対なほど。
「…黒男…お前にもいつかきっと、私の気持ちがわかる日が来ると信じているよ…」
「…わかりませんよ…わかりたくもありませんよ…一度愛したはずのお母さんを見捨てて、幸せになろうとするあなたの気持ちなんかね」
彼は父親の横を通り抜けて、来た道を帰って行った。しばらく歩くと墓石の列は終わり、並木道へと出た。待ちくたびれたピノコが、彼を見つけて嬉しそうにかけよって来た。
「先生、もう用事はすんらの?」
「ああ、済んだよ」
「どんな用らったの?」
「お前には…関係のない事なんだよ…」
「先生! ピノコは先生の奥たんなの! 関係ない事やないのよさ!」
「…すまなかったな…いつか、話してやるよ…」
「いつ?」
「私が話せるようになったら…」
昔の事を思い出すのが、苦痛ではなくなったら…。
ピノコは彼を見上げている。
「…うん…その時まで、待っていていてあげゆ。ピノコはずぅっと先生と一緒にいゆかや、その日までピノコ、待てゆもん」
「…そうか…」
二人は墓地を後にした。再びここにやって来る日があるのだろうかと、彼はふと思った。
2004.05.05 UP。
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