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安楽死医、夏コミに来たる_01

「らって行きたいんらもん！」
　扉を開けたとたん、怒りを含んだ少女の声が響いた。その後に聞き慣れた大人の男の声が続く。
「そんな危ない場所に、おまえ一人で行かせられるか！」
「先生が行く国より、ずーっと安全らもん！」
　どうやら喧嘩（…夫婦喧嘩、と言うべきなのだろうか？）の真っ最中らしい。ピノコの剣幕と同じレベルでやりあっている悪名高き無免許医に、キリコがわざわざここまで来た理由も一瞬忘れそうになる。
「…あー、お二人さん、来客なんだがね、一応」
「用事なら後にしてくれ！」
　世界的に有名な外科医の怒声が飛んできた。俺だから良いようなものの（本当は良くないが）、患者の依頼だったらどうするんだ、とキリコはこっそりと呟いた。
「キリコのおじちゃんも先生に言っほしいのよさ！　いくら旦那たんっていっても、奥たんが楽しみにしているイベントに行かせないのは横暴らって！」
「炎天下に数万人集まるイベントに、お前一人で行くのを止めさせようとするのは横暴とは言わん！」
「じゃあピノコも先生のお仕事に一緒に連れて行ってほしいのよさ！　先生と一緒に行けるなら諦めもつくかや！」
「あんな危ない国におまえを連れていけるか！」
　二人の話から察すると、この御仁は仕事で政情不安定な国に行くが、心配だからピノコは一緒には連れて行かないらしい。その間、大きな祭りだかイベントだかがありピノコは行きたいが、あまりの混雑に悪名高き天才無免許医としては行かせたくない……というあたりだろうか。
「行きたいなら行かせてやればいいじゃないか。嬢ちゃんが行きたがるような大きいイベントなら、ここからなら日帰りできるだろう？」
「この混雑ぶりを見てもそう言えるのか!?」
　そう言うと、無免許医は折り畳まれた新聞をキリコの前に突き出した。受け取った新聞を広げてみると、何かの特集号なのか、普段配達される新聞よりもページ数が少ない。
　一面トップを、大きなカラー写真が飾っている。場所は都内とある。どこかの広い室内に、満員電車の規模を数倍にしたかのような人だかりだ。少なくとも成人と言ってもいい集団、それも大混雑した集団の中に、体格の小さいピノコ一人だと確かに危ないだろう。
「これは…確かに不安だなー」
「そうだろう!?」
　我が意を得たとばかりにブラックジャックが身を乗り出す。しかしピノコも負けてはいない。
「そんな混んでいる場所ばっかりじゃないもん！」
「どこで混雑に巻き込まれるかわかったもんじゃない！」
　二人とも頑固な処があるから、こうなると平行線だ。
「お前さんは嬢ちゃんを一人りで行かせるのに反対なんだよな？」
「当たり前だ！」
「じゃ、俺が嬢ちゃんの付き添いで行けば問題ないだろう？」
「そういう問題じゃ…」
「おじちゃん、いいの？！」
　ブラックジャックが反論するよりも早く、ピノコが乗ってきた。それだけ必死なのだという事か。
「大人の付き添いがいれば大丈夫なんじゃないかな。いよいよ危なくなったら、俺がドクターストップでもなんでもかけてやるよ。嬢ちゃんだってその時は俺の指示に従うだろうし」
「ね、おじちゃんもこう言ってくえゆんだし、先生、いいでしょう？　おじちゃんの言う事はちゃんと守ゆかや！」
「…キリコ、ちょっといいか」
　ブラックジャックはキリコの腕を掴むと、引きずるようにして隣の部屋に移った。ピノコには聞かせたくない話という事か。
「キリコ、ピノコの身体は普通の子とは違う」
「知っているよ」
　畸形膿種を組み立てて作り上げた少女。それがあの子だ。
「だが、行きたいという願いくらい、きいてやってもいいんじゃないかな」
「…わかって…いるが…」
　珍しくブラックジャックが口ごもる。だが、彼の心配はキリコにも理解できる。
「心配するな、とは言わないが、俺も医者のはしくれとして嬢ちゃんの体調には十分気をつけるからいいんじゃないかな？」
「………」
　悪名高き天才無免許外科医が、しばらく考え込んだ。しかし、どうやら腹を決めたようだ。
「キリコ、当日はピノコを頼む」
　彼が頭を下げた。仕事の事でもこうやって頭を下げてくれたらな、とはキリコは思ったが、それはさすがに口にしないでおいた。
「嬢ちゃん、旦那の許可が出たぞ」
　隣の部屋に戻り、キリコは明るい声でピノコに呼びかけた。
「本当？」
「ただし、付き添いの医者の指示には絶対に従う事」
「うん！」
「…あんまりはしゃいで、キリコに迷惑かけるんじゃないぞ、ピノコ」
　無免許医があまりにも常識的な事を言うので、キリコは吹き出すのを懸命にこらえた。

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2016.08.17　UP。

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