第2オペ室
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辰巳氏の優雅でシュールなコミックマーケットレポ_01
冷房の効いた電車から辰巳が降りると、混雑したホームはかなり暑かった。いまからこの暑さだと、おそらく今日も猛暑になるだろう。
暦の上ではもう盆休みに入っているが、駅のホームの混雑具合は普段とそう変わらない。人の行き来が絶えない東京駅だが、それにしてもキャリーカートを引く若い女性の割合がいつもよりも多いような気がするのは、これから旅行に出かける人が多いからだろうか。
待ち合わせの相手には会った事はないが、ピノコの話によると「クールジャパン」関連の物を身につけているから、すぐにわかるそうだ。
人の流れに逆らう事もなく辰巳はホームの階段を降り、待ち合わせの場所へと向かった。約束の時間には間に合うだろうが、それでも辰巳は足を速めた。
事の起こりは数日前。
ある休日の午後、辰巳の携帯が鳴った。
携帯の画面に表示されている番号はBJ宅のものだ。電話の主は彼か、それとも彼と同居している少女だろうかと思いながら辰巳は電話に出た。
「はい、辰巳です」
「もしもし、辰巳先生?」
「やあ、ピノコちゃん、久しぶりだね。元気かい?」
携帯から聞こえてきたのは、あの少女の元気な声。その声を聞くと、辰巳の口元もついほころぶ。
電話の用件はピノコの知り合いの外国人(彼女曰く「自分の助手」らしいが…?)が有明国際展示場で開催される「コミックマーケット」というイベントを見学したいというので、辰巳に連れて行ってもらえないだろうか、というものだった。
「本当はね、ピノコが責任を持って連れて行ってあげようと思ったんらけど、先生が手術の依頼で外国に行くのに、ピノコも連れて行ってくえゆ、っていうから…」
いつも独りで留守番をする彼女にとって、BJからのその言葉は何よりも優先すべき事だと思う。日付を確認すると、その日はなんとか都合をつけられそうだ。
「その日なら大丈夫だけど…それにしても普通の観光客が行きそうな所には行かなくていいのかい?」
「以前日本に来た事もあるし、それに今回は目的があってそのイベントに行きたいんらって」
ピノコの説明によれば、海外でも高く評価されている「クールジャパン」ーーー日本における観光資源としてのサブカルチャーと、アマチュアによるそれらのイベントを視察する目的で日本を訪れるのだという。辰巳も日本のマンガなどが人気があるのはなんとなく知っていたが、外国人に解説できるほど詳しくない。手塚の方が適役じゃないかなぁ? と思うが、ピノコが辰巳に電話をかけた、という事は、手塚の都合がつかなかったのだろう。
「それで? その人とはどこで待ち合わせをすればいいんだい?」
よく理解は出来ないものの、興味を持った辰巳はピノコからの頼みを引き受ける事にした。
約束の場所の改札口。さきほどホームで見かけたよりもキャリーカートを引いている人がさらに増えているような気がする。
この辺りにいるはずだけど…と混雑の中、周囲を見渡した辰巳は異様…というか、シュールな西洋人の集団を見つけその場で固まった。
「くぅる じゃぱん」
と、力強く豪快な筆遣いで大きくプリントされた幟。名のある書道家の手による文字だろうか。数人が揃いで着ているTシャツには、ご丁寧に胸と背中に同じ文字が大きく目立つようにプリントされている。
確かに間違える心配は無いけれど!
確かに会った事が無くても一目でわかるけれど!
…と内心叫びたい衝動を抑えている辰巳を見て、一団の代表らしい一人の男性が声をかけてきた。
「…辰巳先生…ですか?」
流暢な日本語だった。盛装をさせたらさぞかし似合いそうな端整な顔立ちと立ち振る舞い。見たところ年齢は辰巳と同じくらいだろうか。
今日はよろしくお願いします、と相手は言い、その後に自己紹介で名乗った彼の名前に辰巳は聞き覚えがあった。
「…ブリリアント…?」
確か「皇帝にして医師」という、異色の経歴の持ち主であるA国国家元首と同じ名前だったような気がする。
「…この名前、私の国に多い名前なんですよ。長くて面倒だから、ブーちゃんでいいですよ」
にこやかに笑いながらブリリアント…ブーちゃんは言った。まさか目の前で笑っているこのブーちゃんと、A国のお偉いさんが同一人物とは思えないし…と、辰巳は自分自身を半分無理やりに納得させた。
「じゃあ、ここから有明国際展示場への行き方ですが…」
前もって辰巳が調べておいた東京駅から有明国際展示場へのルートを説明しようとするが、ブーちゃんは
「交通手段は我々で用意してありますから」
と辰巳を促し、駅の外に出た。
駅の外ではバスやタクシーが行き交っており、それらのほとんどは満員だった。今日は多くの会社が休みのはずだけど…? と辰巳は不思議に思うが、もしかしたらここ東京駅から出発する旅行ツアーがたくさんあるのかもしれない。
それほど歩かないうちに、辰巳たちは近くの駐車場に停めてあった一台の観光バスに着いた。これで有明国際展示場に向かうのだと言う。
「…ずいぶん用意がいいんですね」
辰巳が感心しながら言うと、
「前もって様々なアドバイスを受けましたから」
にこやかにブーちゃんは答えた。ピノコが前もって伝えておいのだろうか。
バスに乗り込むと、席はほぼ満席だった。乗客の年齢層は辰巳と同じか、やや上くらいか。みんなブーちゃんと同じTシャツを着ているが、日本の観光地で見かける観光客とは雰囲気がどことなく違う。これから向かうのはアマチュアイベントとはいえ視察が目的なのだから、彼らにとってはあくまでも仕事だからだろう。
「彼らは…日本では国際情報分析官…と言えばいいのでしょうか? 普段は経済や外交の仕事をしています。参加者を募集したところ希望者が多くて、この人数まで絞り込むのが大変でしたよ」
…なんだかとんでもない肩書きの一行が、大真面目にアニメやマンガなどのサブカルチャーを研究しに来ているというのは、シュールと思うべきなのか、それとも日本人として誇りに思うべきなのか。辰巳としては内心複雑だった。
バスでの移動は快適だった。車内ではこれから向かうイベントの事とか、医師でもあるというブーちゃんがピノコの助手となった経緯を聞いたりしたが、BJの手術を見るために異国から来日するような医師が何故、国際情報分析官というご大層な一行を引き連れて日本まで着たのか、辰巳には想像が出来なかった。
様々な話をしているうちに、あっという間に有明国際展示場に着いた。
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2016.10.01 UP。
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おしらせ
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「辰巳氏の優雅でシュールなコミックマーケットレポ」をアップ。
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「安楽死医、夏コミに来たる」をアップ。
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