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その男

 美しい男、というのではないだろう。
 彼より美しいだけの男なら、街をちょっと歩いただけでもたくさん目にする事ができるだろうし、なによりも彼自身が、美しいと言われて喜ぶような男ではないだろう。
 格好いい。かわいい。それらの形容も彼を完全には表していない。
かと言って醜い、というのも違う。
 一度目にしたら忘れられない。それは事実だ。半白という髪と、顔に大きな傷を走らせた人間を今まで自分は見た事がないし、おそらくこれからも、彼のような人間に出会う事はないだろう。
 けれどもおそらく彼を印象づけるのものは、決してそれだけではなくて…。
「…なに人の顔を見ているんだ? 辰巳?」
 テーブルの向かいに座るブラックジャックが、食事の手を止めて自分に尋ねた。見るからに不機嫌そうな顔をしている。
「…そんなに君の顔を見ていた?」
「食事の手がかなり前から留守になっているぞ」
 言われてみればそれぞれの残りの量がかなり違う。辰巳の分は手つかずに近い。
「見とれるほどのいい男なのか、俺は?」
 悪戯っぽく笑う。その表情を目にして浮かんだ言葉を、いつか彼に言ってみたいと思う---おそらく彼は困惑するだろうが。
とりあえず辰巳はその場をごまかす事にした。つまり、
「…さあてね…」
と笑って肩をすくめてみせた。



2005.03.11 UP。

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